人権コラム

  • 2022年09月01日
    「前」と「後ろ」

いくつかの大学で非常勤講師として「企業の社会的責任(CSR)」や「企業と人権」を教えている。半年間の授業の最初の時間に、関連する20ほどの言葉の認知度を「聞いたことがある/ない」「説明できる/できない」といったアンケートで尋ねている。

この春、興味深い結果が出た。「SDGs」と「2030アジェンダ」について、「概要を説明できる」と「ある程度知っている」を合計すると、「SDGs」の76%に対し、「2030アジェンダ」は20%となった。「聞いたことがある」を加えると、それぞれ96%、52%となる。周知のように「2030アジェンダ」は2015年に国連総会が採択した「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」のことで、SDGs(持続可能な開発目標)はその中に含まれている。

よく語られる「誰ひとり取り残さない」はSDGsに書かれているわけではない。それは、「2030アジェンダ」冒頭の「前文」に続く「宣言」という部分の4番目のパラグラフに書かれている。つまりSDGsの「前」にある。「宣言」には、世界人権宣言も2回登場する。「人権」あるいは関連する記述はさらに多く登場する。それらは、SDGsの17目標すべての基礎になる原則としてある。

SDGsと人権の関わりが、わかるようでわからないのは、この「前」の部分がなかなか読まれないことにも一因があると考えている。カラフルなロゴマークに示された、しかし全体の5分の2程度の分量しかないSDGsの部分が、いわば独り歩きしながら日本で広がっている。

「前」に重要なことが書かれているのはSDGsだけでない。世界人権宣言、国連憲章、そして日本国憲法も同様で、紙幅があればそれぞれ紹介したいぐらい大切なことが「前文」などに書かれている。ところが、そうした「前」の部分は一般に読まれることが少ない。

国連「ビジネスと人権に関する指導原則」にも31の原則の「前」に「一般原則」がある。一般というと若干軽く聞こえるが、以降の各原則すべての大前提となる基本的な原則が書かれている。そこには「この指導原則は、社会的に弱い立場に置かれ、排除されるリスクが高い集団や民族に属する個人の権利とニーズ、その人たちが直面する課題に特に注意を払い、かつ、女性及び男性が直面するかもしれない異なるリスクに十分配慮して、差別的でない方法で、実施されるべきである」と、とても重要なことが書かれている。

ところでこの指導原則は、SDGsの「後ろ」の部分、「2030アジェンダ」のパラグラフ67に登場してくる。民間企業に関して書かれたこのパラグラフで、SDGsの達成に向けた企業の取り組みでは指導原則やILOの労働基準などを遵守すべきことが示されている。

基本となる文書の認知が広がっていくことはとても大切。しかし、条文などの部分だけが参照されがちだ。その際、ほんの少しの時間や紙幅を割けば、とても重要なことが書かれている「前」と「後ろ」にも気を配ることができる。

一般社団法人アジア太平洋人権情報センター 特任研究員
松岡 秀紀

一覧へ

このページの先頭へ