人権コラム

  • 2023年01月23日
    自分の問題として考える

法務省の現在の「人権啓発キャッチコピー」は【「誰か」のこと じゃない】である。ウェブサイトでは、「様々な人権課題が依然として存在していますが、これらは決して、自分以外の『誰かのこと』、『自分には関係のないこと』ではありません。・・・」と呼びかけている。

時はさかのぼり、もう数十年前のこと、人権問題に関するある季刊誌に「『自分の問題として考える』への道筋を考える」といった表題の論考が載っていたのを覚えている。人権の問題や差別の問題を「自分の問題として考える」ことは、人権啓発の現場などで長らく語られ続けてきた。

「自分の問題として考えましょう」という一見まっとうな呼びかけは、しかし、長らく語られ続けていること自体、実はなかなかうまくいかないことを物語っている。まして、法務省のサイトのように「『自分には関係のないこと』ではありません」と「説得」してみても、その言葉だけで振り向く人は多くはないだろう。

世界中で、また身のまわりでも、日々さまざまなことがおこっている。必ずしも生きやすい世の中ではない。そんな中を生きる一人ひとりにとって、「人権」はどうイメージされているだろう。多くの人にとって人権は、改めて問われると大切だと思うのかもしれないけれど、日々のさまざまな場面とは別のところにある、何か「特別なもの」になってしまってはいないだろうか。それは、ときに言われるように、この日本の社会は人権が概ね守られているから特別に意識することはない、ということではないだろうと私は考えている。そうではなく、人権をどう伝えるか、その伝え方によるところが大きいのではないだろうか。

政府が行動計画やガイドラインを策定するなど、ここ数年「ビジネスと人権」をめぐる動きがめまぐるしい。行動計画やガイドラインの中身の話はおくとして、この「ビジネスと人権」では、事業活動に関係する人々の人権に企業が「負の影響」を及ぼしていないか、及ぼす可能性はないかを把握することが「第一歩」として求められる。日々の事業活動に携わる企業のすべての構成員が当事者であり、人権は「特別なもの」ではない。つまり「自分の仕事の問題として」考えやすいと言える。

「ビジネスと人権」は、人権課題に取り組むことでもあるが、同時に、あるいはそれ以前に、仕事のあり方を「人を大切に」するよう改善し、仕事の「質」、したがって事業活動全体の質を高める取り組みでもある。そこでは人権はすでに、自身の日常から距離のある「特別な」ものではない。加えて、仕事の質が高まることによってステークホルダーからの信頼が高まれば、企業としての信頼も高まり、企業経営に資することにもなる。「ビジネスと人権」の広がりが、人権をより身近なこととして捉えることにつながれば、と思う。



一般社団法人アジア太平洋人権情報センター 特任研究員
松岡 秀紀

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