人権コラム

  • 2019年07月29日
    採用ゆがめる個人情報

終盤に入ったといわれる来春採用の就職活動。企業にエントリーシートを提出することから競争は始まる。そこに書いた志望動機、やりたい仕事などが面接への扉を開くことにもなるから、学生は脳から汗を流す思いだろう。
エントリーシートは企業ごとに書式が異なる。記入を求める内容はさまざまで、そこに企業の個性も反映されている。もちろん、日本産業規格(JIS)の履歴書も就活からバイトまで幅広く使われていて、コンビニや文具店で手軽に買うことができる。

少し時をさかのぼると「社用紙」と呼ばれる企業作成の応募用紙があった。悪名高き、と言っていい。ある大手企業の社用紙を例示する。1960年代のものとみられる。

左上に最初に記入するのは名前、学校、生年月日。ここまではいい。次は性格で、社交的かどうかなどの自己分析を求める。さらに尊敬する人物、趣味、ゼミ活動。その間に「信仰する宗教(宗派)」の欄がある。今では考えられない。
最も多くの記入欄があるのは家庭の情報である。父母については名前、「実」「養」「継」のいずれかに当たるか、職業(勤務先所在地)に月収。自宅の間取り、持ち家か賃貸か。不動産の時価。自宅周辺の地図も書かせる。

こうした情報がなぜ社員の採用に必要だったのか。現在の尺度で考えれば疑問符ばかりだが、当時はそれが常識だったのだろう。社用紙から明確に分かるのは、応募者の能力や意欲は二の次で、企業が求めていたのはプライベートな情報だったことである。志望動機を書く欄は用紙の片隅にちょっとだけしかない。

 社用紙は就職差別に使われた。応募者の住まいが同和地区であるかどうかを確認する企業があった。同和地区の住所を企業に知られるのを避けたい学生が、実際と違う住所を社用紙に記入したところ、わざわざ住所を調べた企業から「記載内容にうそがあった」として不採用なった事例もある。

社用紙は公平、公正な採用を求める運動で廃止され、1973年に全国統一の応募用紙ができ、JISの履歴書が普及した。

それから40年以上がたち、就活を巡る差別はなくなっただろうか。
最近、企業が内定を出した学生に本籍地の記入を求める事例を聞いたことが複数回ある。企業が独自の応募書類で不要な情報を集めていないか、今も注視が必要だ。

西日本新聞社 編集局佐世保支局長(2018年8月1日〜)
前田隆夫

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